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 来津くるつ女学園高等部の旧校舎の端に位置する部屋は、多くの生徒に“探偵事務所”と呼ばれています。放課後をそこで過ごす二人の少女のうち、片方の少女が“名探偵”と呼ばれているからでした。
 今日は、女の子たちの賑やかな声が校舎に響き渡ります。どうやら珍しいお客さんが来ているようです。
 いつもは静かな“探偵事務所”にも、その声は届いたのでした。


彼はプレイボーイ(問題編)



 放課後、田井辺夕美子たいべゆみこがいつものように、淹れたての紅茶を読書中の葉枷紗清はかせさすがに出した時だった。
「ありがとうございます」紗清は一口飲んだ。「何やら外は賑やかなようですね」
 そう言いながらも騒がしさは気にならないようで、本からは目を離さない。窓に一瞥すらせず、切り揃えられたおかっぱさえ揺らしはしなかった。しかしこの部屋を清幽の地としている夕美子は眉間にしわを寄せ、窓を開けて何事かと外を確認する。
 旧校舎は駐車場に面しており“探偵事務所”は三階にあるので、駐車場全体は容易に見渡すことができる。夕美子の背が高いせいもあるかもしれない。声は近くから発せられていたので頭を出して見下ろす。窓の真下にはシルバーのセダンが停まっていた。校舎に対して垂直に引かれている白線の間にきれい収まっている。普段この駐車スペースを利用する人はおらず教師陣の車とも違ったので、夕美子は車が誰のものなのか分からなかった。
 賑やかな女生徒の集団がシルバーのセダンに近付いて来る。どうやらその中心には一人の青年がいるようだった。
 青年は旧校舎から少し離れたところを歩いていたが、彼を中心とした円は大きいので、旧校舎の壁に追いやられる生徒が何人かいた。そしてそのうちの一人は彼に見とれるあまり、建物を取り囲むようにして置いてあるプランターに足を引っかけてしまった。幸い、その女生徒も花も無事だった。
「ずいぶんハンサムな方がお見えになったって噂になってたけど、きっと彼のことね。車に乗り込んだけど、女の子が取り囲んでるから出せないみたい。あ、生徒会が乗り出してきたわ。紗清も覗いてみたら?」
「いえ、私は結構。それにしても、生徒会も大変ですね」
 さっきよりも大きくなった女生徒たちの声もやはり気にせず、紗清は紅茶を口に含んだ。
 生徒会の対応は迅速だった。女生徒たちを引っぺがし、車と青年を解放したのだった。生徒会長が青年に謝罪すると、運転席の窓から彼の腕が出てきた。頭を上げてくれという仕草のようだった。会長が頭を上げると腕は引っ込み、シルバーのセダンは切り返すことなく無事に校門を出ていった。
 余韻のためか、しばらく女生徒たちはその場を動かず黄色い声を上げていた。夕美子は呆れてため息をつき、“探偵事務所”という空間を外界から隔てるように窓を閉めた。


 “探偵事務所”に来客があったのは、いつものような静けさを取り戻した頃だった。
「先ほどは大変だったようですね、閣下」
 紗清は本から目を上げず、来客者であり生徒会長でもある春殿希扇はるどのきせんに言った。夕美子から先ほどの騒ぎの様子を聞いていたのだ。紗清が希扇を「閣下」と呼ぶのは生徒会長だからではなく、名字に『殿』の字が入っているからである。
「まったく。若い男が来たくらいで騒ぎすぎだ。自分には理解できん。紗清と夕美子さんはいつもどおりで何よりだ。実に安心」
 希扇はメガネを押し上げると、勝手知ったる何とやらで紗清の正面に腰を下ろす。
「仕方ないわよ。幼稚舎から女の園だもの。許嫁がいない人は若い殿方との接触なんてほとんどないものね。まあ、かなりうるさかったのは確かだけど」
 夕美子はそう言いながら、そろそろ来るだろうと思って用意しておいた緑茶を出す。希扇は喉を潤すと話し始めた。
「車を発進させる直前、今度食事にでもと誘われたよ。まったく、プレイボーイというやつだな。彼の車の排気ガスにむせながらそうつぶやいたら、取り巻きたちに聞かれて怒られてしまった。彼女らの話では、彼は花が好きだと言っていたそうだ。それで彼がどんなに心の優しい人か分かるだろうと言われたが、初対面の相手をいきなり食事に誘う男のどこがプレイボーイではないというんだ。優しいなど関係ないと思わんか? もちろん、食事はお断りしたがね」
 それを聞いた紗清は、やはり本から目を離さずに言った。
「正しい判断です、閣下。嘘つきの誘いには乗らないのが賢明でしょう」
Q. 紗清はどうして青年が嘘つきだと思ったのでしょう?
2009.6.11
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反転 de ヒント
『嘘つき』ということは、青年の発言に問題がありそうですね。
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