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 朝、下駄箱に水色の封筒が入ってた。宛名も差出人の名前もない。でも、手紙の雰囲気で女の子からだと分かった。
 私、女の子から手紙をもらうような人だったかな? 隣の男子の下駄箱と間違えてるんじゃ?
 不思議には思ったけど、中を読んでみないことには宛先が間違ってるかどうかも分からない。
 封筒から便箋を取り出す。女の子の字だった。なんだか訳の分からないことが二枚の便箋に長々とダラダラと書いてあって、最後はこう締められてた。
『この手紙を読んだ人は、同じ内容の手紙を三日以内に五人に渡さないと、好きな人にフラれます。一字一句変えてはいけません。変えてもフラれます。』
 いわゆる不幸の手紙だった。
 誰だか分からない差出人の恋のために、私は生け贄に選ばれてしまったらしい。何の因果か、私は山羊座だったりする。


不幸の手紙は山羊座の恋を殺すか



 嘘に決まってるのに、女の子ってやらずにはいられないんだろうなあ。特に今回みたいな“不幸”の場合。
 恋する女子中学生たちにとって『好きな人にフラれる』という脅しは、ただ漠然と『不幸になる』と言われるより絶大な効果があるだろう。学生間で流行らせるんだったら、よくできてると思う。
 愉快犯に踊らされてるって分かってないのかな。分かっててやってるのかな。そもそも、どこからこの手紙は発生するんだろう。ああ、愉快犯か。それとも、メールが蔓延る現代社会でレターセットを売りたい文具店とか?
 不幸になるかもしれない手紙を友達には渡さない。だから差出人は、私の全然知らない人だろう。私だと認識して出したかどうかも定かじゃない。もしかすると、私を嫌いな人かも。そうだったとしても当然の道理だし、別に驚くことじゃないよね。
 うれしくないのは確かだから、読んですぐに捨ててやったけど。


島袋しまぶくろさん」
 選択授業から戻ってきて自分の席に座ったら、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、ノートと教科書と筆箱を抱えた高城たかぎさんがいた。戻ってきた時には見当たらなかったから、てっきりもう自分の教室に帰ったと思ってたけど。いつの間に忍び寄ったんだ。
「あの、これ」
 高城さんは手元をガサガサやって、黒い封筒を一つ差し出してきた。他にも似たようなのがいくつか見える。
「読まなくていいよ。もらってくれるだけでいいから」
「もしかして不幸の手紙?」
「よく分かったね」
 色がめちゃくちゃそれっぽいけど。
「今朝もらったばっかりだから」
 確かに、高城さんとは特別話したことがない。クラスと名前は知っている同級生、という間柄。不幸の手紙を渡すには悪くない相手だとは思うけど、直接の手渡しには驚いた。
「ホント、もらってくれるだけでいいの。手紙を読まない限り、フラれることはないみたいだから」
 そういえば、手紙を複製しないで好きな人にフラれるのは、『もらった人』じゃなくて『読んだ人』って書いてあったっけ。一応気を使ってくれてるらしい。嫌われてるわけじゃないのかな。
「いや、そもそも好きな人いないし、そこら辺は別にいいんだけど」
「そう」
「ていうか、こういうの信じるタイプなんだ?」
 高城さんは優しく微笑んだ。
「まあね」
 ああ。この子には好きな人がいるんだな。
 この不幸の手紙を読んだことがある人には、手紙を渡す場面を見ただけで好きな人がいるって知られてしまう。それを分かってて渡す。後で誰が好きなのか聞かれるかもしれない。聞かれても平気だから渡す。
 男の子のことを好きだから渡す。
 私にはできない。誰が好きなのか聞かれたら面倒なことになる。言わなきゃいい話だけど。好きな人がいないと思われてた方が楽。応援してあげるなんて言われないし。
 私は女の子のことが好きだから渡せない。
 高城さんのことが好きだから渡せない。
「島袋さんはこういうの信じないタイプ?」
「興味ないし、信じない」
 厳密にはちょっと違う。
 不幸の手紙を信じないっていうのは語弊がある。
 渡せないから、不幸の手紙を信じないようにしてるだけ。
「じゃあ、破って捨てちゃっていいよ。自己満足だから」
 押し付けるように手紙を渡して、高城さんは私から離れた。教室を出る直前、誰もいない席に封筒を差し入れたのが見えた。水色ならともかく、黒い封筒が入ってたら怖いだろうな。私は手渡しで良かった。
 いや、良くないでしょ。高城さんが好きな人にフラれないための生け贄になっちゃったんだから。
「はあ……」
 山羊座の私にはお似合いなのかな。


 ベッドに寝ころんで、黒い封筒を眺める。宛名も差出人の名前も書いてない。無地で安っぽい横長の封筒は、シールじゃなくてのりで封がされてる。かわいくない。かっこよくもない。まあ考えてみれば、不幸の手紙にそんなものを求める必要も施す必要もないわな。
 朝のやつはすぐに捨てられたのに、こんな手紙でも未練がましい自分が嫌。
 自分の好きな子に「あの人に渡して」ってラブレターの仲介を頼まれたらこんな感じかな。あれも不幸の手紙と言えなくもない。黒はないだろうけど。手紙をもらった時点で失恋が確定するところとか同じ。
 いっそのこと、私も不幸の手紙を複製して高城さんに渡すっていうのは? 高城さんは好きな人にフラれることになる。でもそうならないように、高城さんはまた手紙を書く。それで不幸の手紙とか恋とかに興味のない私に、気兼ねなく手紙を渡してくるかもしれない。
 確率は低いけど、この無限ループは怖いなあ。まあでも、話すきっかけくらいにはなるかもしれない。高城さんが用心して手紙を読まない可能性は大いにあるけど。
 朝のやつはもう捨てちゃったから、高城さんからもらった手紙を読まないといけない。一字一句変えちゃうと私がフラれるらしいし。
 ……いやいや。私は不幸の手紙を信じてないんだった。何を言ってるんだか。高城さんが信じてればいいわけで、私はただ手紙を複製すればいい。
 のりでくっついた封筒を剥がしたら、案の定破れた。薄い灰色の便箋は無事だった。やっぱり二枚で、冒頭から朝のものと同じことが書いてある。
 高城さんてきれいな字を書くんだなあ。
 食べちゃいたい。


 翌日の放課後、隣の隣の教室を訪ねる。残ってる人はまばらだったけど、幸い高城さんはまだ帰ってなかった。
「高城さん」
「島袋さん? どうしたの?」
 ただの同級生の訪問に戸惑ってる。昨日の私もこんなだったのかもしれない。
 私は鞄から白い封筒を出す。女の子たちが学校で回すようなかわいいレターセットなんて持ってなかったから、家にあった縦長の白い封筒。中にある二枚の便箋も白い。『拝啓』とかの書き出しが一番適してるようなやつ。わざわざ文具店の思惑には乗ってやらない。
 高城さんは封筒を見て目を丸くした。
「まさか読むとは思わなかった」
「食べるのを我慢して読みました」
 私が言うと、高城さんは眉根を寄せる。
「……島袋さんはヤギなの?」
「山羊座ではあるけど」
「ふーん。じゃあ、私と一緒だね」
 それは知らなかった。
 手持ち無沙汰なのか、高城さんは何度も手を組み直してる。じゃあ、その手に役割を与えてあげよう。
「もらった人にまた手紙を渡しちゃいけないってルールはなかったよね?」
 私は白い封筒を差し出す。
「ない、と思う」
 高城さんは受け取ると、おずおずと便箋を引き抜く。静かに目で文章を追い、一枚目を後ろに回す。
 この手紙には、やっぱり長々と訳の分からないことが書いてある。高城さんからもらったものと一字一句同じ。
 二枚目に目を落としたまま、高城さんはつぶやいた。
「もし読んだとしても、最後までは読まないだろうって高をくくってたんだけどな。賭けに負けたってことだね」
 私は勝ち誇った表情を見せる。
「私が昨日の朝もらった不幸の手紙は、効果がなかったみたい。不幸の手紙なんて信じるもんじゃないよ」
 すると高城さんは昨日みたいに微笑んでさらりと言った。
「そう? 私が島袋さん以外の五人に不幸の手紙を渡した効果があったんじゃない?」
 うぬぬ。これは効果の主張が無限ループになりそう。
 高城さんはもう一度、便箋に目を通す。反芻でもしてるのかな?
 何度見たって、締めの文章は変わらないよ。


『この手紙を読んでいる人は、私の好きな人です。付き合ってください。』
2012.7.30
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あとがきと見せかけて不幸の手紙体験談
 そう。あれは吹郎が中二の頃。
 違うクラスの女子が休み時間にうちのクラスに来ました。
「この手紙もらってない人」
「ん? 何?」
 ちょうど私は出入口の近くにいたので、反射的に返事しちゃいまして。
「もらってないならあげる」
「ありがとう」
 私は手紙をもらうという経験があまりなかったので、素直にうれしかったんです。が、その後友達が「あ、それもらっちゃったの!? 不幸の手紙だよ!」と教えてくれて。どうやらその時期校内で流行っていたらしい。
 この子は私が不幸になってもいいんだなー。普通に手紙をもらって喜んでしまった私の純情を返していただきたいと思ったもんでした。
 迷信とかは信じていない方なので、周りと話を合わせる材料にでもなればいいなくらいの気持ちで読んでみると本編のような内容。便箋は一枚でしたが、脅し文句は『好きな人にフラれます』。まあ私は恋愛体質じゃないんで、フラれる相手さえいなかったんですけど。
 いや、実のところね、手紙を渡してきた子は小学校時代ではまあまあ仲の良かった子だったんです。友達でした。高学年になると仲良くする人のタイプが違ってきたので疎遠になった(たぶん私が一方的に苦手になった)んですが。
 だからね、もしかしたらこの手紙はまた仲良くしようっていうサインなのかな、なーんて(手紙は素敵なものという認識しかなかった若かりしピュア吹郎)。そして不幸の手紙だと知って勝手にヘコむ。豆腐メンタルなのでね。
 中学時代その子としゃべったのは二回だけと記憶しています。一回は不幸の手紙をもらった時。もう一回は、その子が通りがかった私の名前を呼んで、部活の顧問の先生を見なかったかと聞かれた時。見ていなかったので知らないと答えると、その子はありがとうと言って去っていきました。私はその子に四、五年振りに名前を呼ばれたことにしばらくの間ドギマギ&ドキドキしちゃったりなんかして。閑話休題。
 でも、今なら素直に言えます。ありがとう。
 あの不幸の手紙のおかげで、吹郎は百合小説を一つ書くことができたよ。
あとがき
 上記の体験談を唐突に思い出してネタにした次第です。いやあ、人生何がためになるか分かりませんね(笑)
 二人の名前は童謡の『やぎさんゆうびん』のヤギから。島袋→しまぶ黒。高城→城→白。挿絵は白と黒の山羊座のマークと手紙無限ループのイメージ。題名の元は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』です。
 文字にしてみて、体験談に漂う百合臭に自分自身驚きを隠せない……!
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