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 私の恋愛歴からいって、結婚したいと思ったことは一度もなかった。そもそも結婚できるような相手と付き合ったことがない。私は同性しか好きになれないのだ。子供も欲しいと望んだことはない。高望みなんてしないのだ。
 私には今、かつてないほど愛する人がいる。
 でも私は今日、結婚する。
 親の決めたお見合い相手で、私はいわゆる玉の輿に乗ったことになる。結婚の動機は単純であり不純だった。私が欲深い人間になってしまっただけのこと。高望みしないが故に、私は愛する人を選ばなかった。
 式には彼女が来ている。欠席するはずがなかった。でもそれは、花嫁を奪い去るためではない。


欲望



 純白のウェディングドレスを引きずり、バージンロードを歩いた。みんなきれいだと言ってくれてうれしかったし、写真を撮られたりして少し恥ずかしくもあった。結婚したいと思ったことはなかったけれど、ウェディングドレスは着てみたいと思っていたのだ。
 彼はお見合い写真の私を見て一目惚れしたらしい。一応、私も同じだと言ってある。決して女の子に人気がある顔ではなかったけれど、私はその表情には好感を抱いていた。一人っ子として何不自由なく育ったからか、いつでも柔和な顔をしている。
 それでも、さすがに誓いのキスは緊張した。無駄な触れ合いを避けたかった私にはありがたいことに、彼は真面目で恥ずかしがりだった。だからこれが私たちにとってのファーストキス。目蓋を閉じている間、私は愛する人を思い描いていた。目蓋を開ければ、本物の彼女が彼を見ていた。
 夫婦で入刀するケーキは、小さなシュークリームを円錐形に積み上げたクロカンブッシュ。子孫繁栄などの意味がある。
 彼のことは結婚を我慢できるくらいには好いているけれど、体を重ねてもいいと思えるほどではない。でも彼は跡取り息子で、私は次の跡取りをみんなから望まれる。私は嫌でも彼の体を受け入れなければならない。だって、ウェディングケーキにクロカンブッシュが選ばれているのだから。
 ケーキ入刀で大勢が写真を撮りに来る中、私の愛する人は撮影しには来なかった。当たり前といえば当たり前だけれど。ちらりと彼女を窺う。少し遠かったので表情までは分からない。
 お色直しのために退場して着替えている間、私はキャンドルサービスが待ち遠しかった。各テーブルを回るのだから、自然と愛する人の隣へ行くことができる。
 私は青いドレスに身を包み、彼と一緒にキャンドルを持ってテーブルを回る。彼女がいるテーブルのキャンドルには慎重に、そして他とは比べものにならないくらい心を込めて点火した。時間がかかっても、これくらい誰も不思議に思わないだろう。彼女は座ったまま、ドレスが似合っていると言ってくれた。初めて会った時と変わらない魅力的な目だった。私は全身が熱くなって、彼が腰に回した手も気にならなくなった。
 両親への感謝の手紙は、何度も練習していたので泣かずに読むことができた。キャンドルサービスの一件で興奮していたせいで、涙を流す神経まで気が回っていなかったのかもしれない。
 その興奮も、記念品贈呈までは続かなかった。お互い自分の両親に、自分が生まれた時と同じ重さの熊のぬいぐるみを渡した。さすがにぬいぐるみを持った時は、両親への感謝の思いが勝っていた。泣きはしなかったけれど。
 披露宴が終わり、列席者を見送る。私と彼の家族だけになった。ついさっきまでの賑やかな雰囲気が嘘みたいに静かだった。
 私は自分の両親とドレス姿のまま少し話した。いい式だったと言ってくれたし、何より料理が良かったと笑っていた。お父さんが照れ隠しで言っているのは気付かない振りをしてあげた。
 お母さんは私が感謝の手紙を読んだ時に号泣していたので、今ではもうすっかり元気だった。でも、次の楽しみは孫だと言われて少しげんなりした。デリカシーというものがない。それがあれば、お見合い話はなかったわけだけれど。
 彼の両親には、改めて頭を下げに行った。夫婦の新居は彼の実家の近くなのだ。お義父さんは私よりも深く頭を下げた。彼の真面目さはこの人譲りなのだろう。そのうち恥ずかしがりという一面も見ることがあるかもしれない。
 お義母さんは、息子はいいお嫁さんをもらったと言ってくれた。柔和な表情で手を握られ、思わず涙ぐんでしまった。両親への感謝の手紙でも泣かなかったのに。こういうのはどこでスイッチが入るか分からない。彼は恥ずかしそうに頬を染めて、私の肩を抱いた。
 この人たちは知らない。私の涙に罪悪感が含まれていることを。私の恋愛歴と恋愛対象を。私の愛する人が彼ではないことを。結婚する動機が不純なことを。
 いや、知らなくていい。だからこそ、恋愛は成就しない代わりに、私の欲望は形を成す。


 ウェディングケーキにクロカンブッシュを選んだのはこの私。その理由も、結婚の動機も、全く同じものだ。
 高望みはしないくせに、欲深い人間になってしまったから。
 子供が欲しいと望んでしまったから
 だから、彼と体を重ねるのが嫌でも、私はそれを積極的に受け入れなければならない。もちろん、相手は誰でもいいわけではなかった。一人っ子である彼でなければならなかった。かといって、彼の子供を生むつもりはない。
 愛する人と私の血を引いた子供を産むのだ
 私たちの子供は、きっと――魅力的で柔和な目をしている。
2012.4.17
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あとがき
 この話での目標は『最後のところで読者をゾワッとさせる』でした。でも冒頭の『子供しいとんだことはない』で全力でネタバレしたりしてる。
 家系図は英語で『family tree』とか『genealogical tree』とか言うらしい。なので挿絵は家系図ぽいのを木で表してみました。ぽいだけです。
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