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 今日も教室のベランダから下校する人たちの中に先輩を探して、いつもみたいにちゃんと見つけて、いつもとは違って先輩の隣に知らない女がいるのに気付いた。しかも手なんかつないでる。
 あたし――失恋したのか。
 何だよ。昨日まで一人で帰ってたくせに。いきなり彼女と手つないで帰んのかよ。
 マジ帰る気失せたし。
 ベランダの手すりに寄りかかって、腕の中に顔を埋めて視界を遮る。


朝が来てるよ



 体を叩かれた気がして、飛んでた意識が戻ってくる。
「ご、ごめんね」
 学級委員長が謝ってきた。隣のクラスの。名前は知らない。
「チョークの粉がかかっちゃって。起こさないように制服きれいにしようと思ったんだけど。ごめん」
 またかよ。毎日毎日黒板消し叩いて出たチョークの粉をあたしに振りかけやがる。少しは学習しろっつーの。
 紺のセーターに白いチョークとか目立ちすぎだし。委員長はセーターっていうかあたしの左腕を叩いてるし。痛いんだけど。
「髪にも付いちゃってる」
 委員長の手があたしの髪を崩す。……何で不思議そうな顔すんだよ。
「今日は怒らないんだね。いつもは触ると怒るのに」
 そうえいばそうだな。変な髪の時に先輩に見られるのが嫌だったから。
「そんなにショックだったの? 先輩に彼女ができて」
「何で知って……!」
 やべっ。思わず。
「毎日ベランダから見てたでしょ? 私だって毎日こうやってベランダに出てるんだから、誰のことを見てるのかくらい分かるよ」
「み、見てんじゃねーよ!」
「ふふっ。かわいー」
「笑ってんじゃねー!」
 むかつく奴だ。
 ひとしきり上品に笑った後、ベランダに寄りかかるあたしとは逆に、委員長は後ろの壁に寄りかかった。
「例えばさ、徹夜するとするじゃない?」
「は? いきなり何だよ。もう帰れよ」
 あたしの失恋からかってんのか?
「いいから聞いて」
 何なんだよ。そんな真剣な感じで言われたらあんまり強く言い返せないだろ……。
「徹夜って外が暗いから部屋の電気をつけるでしょ? ずっとそのままでいるとさ、自分がいる場所が明るいから外が明るくなってるって分からないんだよね」
「意味分かんねー」
 あたしは帰る人がまばらになった校門を見る。
「だからね、一つのものだけよく見えるようにしてると、周りの変化に気付かないよってこと」
 それってどっかで聞いたことあるぞ。
「……灯台もと暗しってやつか?」
「ちょっと違うかな。身近な存在ではないから」
 違いがよく分かんねぇ。
「あなたはまだちゃんと見てないから、窓の外の変化に気付かないんだよ」
「何が言いたいんだよ?」
 いい加減腹立ってきた。
「たとえ話をしても分からないの? よっぽど私のことは眼中にないんだね」
「はぁ?」
「そっか。まだ部屋の電気消してないんだ!」
 ……大丈夫かこいつ。
「しょうがないなぁ。私が消してあげる。スイッチは……」
 委員長があたしの隣に来て、顔を覗き込んでくる。
「そこだね?」
 そのまま顔が近付いてきて――唇同士がぴったりくっついた。
 あたしは驚いた。キスされたことにじゃなくて、抵抗しなかった自分に。別に体が熱くなるとかはなかったけど。
 委員長がゆっくり離れる。
「窓の外が変わってるの、分かった?」
 何でわざわざたとえ話で聞いてきたりすんだよ。
「なんつーか、もう……部屋に光が入ってきて眩しいくらいだな」
 返しがめんどくせーじゃん。こっちは委員長やるようなあんたと違って足りない頭で考えてんだぞ。
「じゃあ、もう目を覚ます時間だね」
「寝る時間だろ。徹夜してたんだから。あたしなら寝る」
 あたしの言葉に、委員長は残念そうに微笑んだ。
「寝ちゃうんだ……。そうだよね……」
 やっぱあんた、頭の回転いいんだな。
「まぁでも、心配すんなよ。仮眠、だし……」
 あたしは頬杖を突く。
「朝から寝たって、起きんのはどーせまだ明るい時間だろ?」
 委員長は目を大きく開いて驚いてる。耳まで真っ赤にしちゃって。あたしが言った意味が分かったんだ。回転良すぎだよホント。
「あの……ありがとう!」
 すげぇうれしそうな笑顔。こっちが恥ずかしくなるくらい。なんかキラキラしてるし。
「別に」
 あたしは委員長と目を合わせないで、セーターについた粉を落とす振りをする。
「それじゃ私は帰るね。おやすみ」
「おい。最後までたとえ話かよ」
 答えないで委員長は自分の教室に戻ってった。


 しばらくベランダにいたら、委員長が下を歩いてるのが目に入った。あたしは声なんてかけないし、あっちも振り返ったりしない。
 でも一言だけ。
「おやすみ」
 そうつぶやいて、あたしは教室に入る。
 そろそろ帰らないとな。
2008.12.3
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あとがき
 端的に説明しますと、“あたし”は委員長の気持ちを受け入れました。でもそれは交際するとかではなく、「ちゃんと好きなの分かってるよ。あんたの気持ちは否定しないよ」という感じです。たとえが分かりにくいよね!
 あとがきでこのような説明は卑怯という自覚はあります……。
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