スキ。大スキ。あなたのことが大スキなの。 でも私には声が出せないから、あなたにそれを伝える術を持ってない。 私はもう好きとしか言えない私はあなたと違って目はよく見えないけど、あなたのいる場所はすぐに分かるわ。だって、あなたの優しい香りが私を導くもの。あなたの温もりが私の目には見えるんだもの。 それなのに―― こんなにスキなのに、スキだから近付くのに、あなたはどうして私を遠ざけるの? あなたに触れたくて手を伸ばすのに、どうしてそのことに気付かないで私を叩こうとするの? 私のこと、そんなに嫌い? 何か嫌がるようなことした? あなたのこと誰よりもスキなのは私のはずよ。 でも、あなたにはスキな人がいることも知ってるの。あの人はとても冷たい人よ? それでもいいの? ねぇあんな人じゃなくて私を見てよ。私を叩く以外の時でも私を見てよ。ねぇ私に好かれるのがそんなに嫌なの? ねぇどうして? 声が出ない私は、どうやってあなたにスキと伝えればいいの? やっぱり、行動で示すしかないのかしら。あなたの頬にくちづけたら分かってもらえるかしら、この気持ち。 きっと分かってくれるわよね? 見える。あなたの穏やかな温もりが見える。あなたはそこにいるのね? 伸ばした手をあなたの頬に。やっとあなたに触れられた。……温かいのね。くちづけたら、その温度も分からなくなっちゃうかしら。それとも熱くて熱くて、私の体が焼けてしまうかしら。 もしそうなっても構わない。だから私は、あなたにくちづけをする。 スキ。大スキ。あなたのことが大ス―― リビングに何か音が響いた。そう……ぱちん、みたいな音。ばちん? ソファーに寝転がって目をつむっていたあたしは何事かと上半身を起こして音の発生源をきょろきょろ探す。すぐ近く――というか、あたしが寝ていた真上で音がしたような。それじゃあ発生源は真後ろってわけで。ソファーにちゃんと座り直して右を向くと、そこには自分の手の平を涙目でじっと見つめる女が一人。 ……あぁ。あたし、膝枕してもらってたんだっけ。 とか、そんなことを思い出す。 「何か音がしたけど」 あたしの問いかけを聞いて、やっと自分の手から目を離して顔をこっちに向けるけど……何その顔。左のほっぺただけ真っ赤。 「まだ血吸われてなかった」 そう言いながらさっきまで凝視していた左手の平をあたしに見せる。 「あぁ蚊ね。一年中いるらしいから」 あたしはティッシュを一枚つまんで、手の平に張り付いた蚊と黒い粉を拭き取る。よく見たらほっぺたにも少し黒い粉。それもティッシュできれいにしてゴミ箱へポイッ。よし入った。 「痛い……」 「そりゃこんなに赤くなってりゃねぇ。……あ、手形が見えてきた」 自分の顔に蚊が止まったからって涙目になるほど強く叩くこたぁないでしょうに。 「蚊といえば。知ってる?」あたしは再び膝枕に頭を乗せる。「血吸うのってメスだけらしいよ」 あたしの言うことを聞いているのかいないのか。「ふーん」とつぶやいてあたしを見下ろす目はまだ潤んでいた。 「もしかしたらキスされたのかもね。何でかあんたは女にモテるから」 軽く笑いながら、あたしは真っ赤な手形のついた頬に右手を伸ばす。おぉ熱い熱い。 「どうしたの?」 「あたしの手冷たいから、ほっぺた冷やしてんの」 「そう……」 少し残念そうにつぶやくけど、何であんたはあたしの右腕を掴んでんの? がっしりと。あたしはあんたのほっぺたから手を離すつもりはないってば。安心しな―― 「キスしてくれるんだと思ったのに」 …………。 そんな表情で――薄ら笑いを浮かべながらなんてこと言ってんの。 「ほっぺた、もっと熱くなっちゃうかもよ?」 熱くなるのはあたしの方なのに。 「また冷やしてもらう」 それは無理な話だよ。 |
2007.12.5 |
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十月半ばの深夜に蚊に襲われて思い付いた話です。ちなみにこの話の主役は蚊。誰が何と言おうと蚊です。あとこのサイトで一番最初にキスしたのも蚊です(頬ですが)。おかしな百合サイトだなおい。 蚊は血を吸う相手を体温と匂い(その他諸々)で探しているとテレビで聞いたことがあります。なので前半がぼやけた感じになってます。悲恋&バッドエンドでしたね……。後半も一人称にしたら話自体が前述と違う意味でぼやけた感じに。人間同士のやつは別の話でで書くべきだったかしら。 そうそう。題名の『もう好きと』の部分は『もうすきと』→『モスキート』って感じです。つまりダジャレ。 |